前々坊守 往生(牧野きみの歩み)

9月21日 日曜日 15時20分

前々坊守 きみ 98歳
「生あるもの必ず死に帰す」の自然の理により往生の素懐を遂げました
お通夜は9月23日、葬儀は9月24日に、執り行われました。
通夜、葬儀と、沢山の方に足を運んでいただき、お供え物やご仏前等いただき、有り難うございました。
特に遠方からのご親戚のみなさんには、ご足労をおかけいたしました。

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牧野 きみの歩み

大正5年 7月19日 岐阜市六条 慶善寺に、二男五女の三女として生まれる。
尋常小学校6年、高等小学校2年、その後富田女学校の3年に、編入する。
お転婆で、大人の自転車に乗り、JR岐阜駅近くまで、よく買い物に行っていたり、子どものころ家の裏に蓮畑があり、花が咲く頃、ポンッポンッという音を聞いて楽しんだ。

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昭和14年4月 正蓮寺の前々住職の仲人で、大性寺の長男 大悟と結婚する。
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昭和15年4月3日 大修(大性寺前住)、昭和16年12月21日 大淳と二人の息子に、恵まれるが、当時、太平洋戦争の最中で、大悟は、昭和17年夏 通信兵として出征する。
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昭和19年 大悟は、一度帰って来たが、一ヶ月ほど占有のところを巡り、家には一週間ほどしかもどらず、その後、また出征していく。
この間の昭和18年2月13日 義父 大叡が66歳で、往生
昭和22年2月23日 義母 とみも、66歳で、往生する。
のちに、大悟の戦死の公報が入る。
大悟の戦死から、女手一つで、二人の息子を育て上げ、大性寺を守り、どんなに遠くても自転車に乗り、お参りに行く姿は、ご門徒さんや、周囲の人達の記憶には鮮明に刻まれています。
戦時中、お風呂に入れない近所のこどもたちを大性寺に呼び、お風呂に入れてあげていたことも、ご近所では、よく語られています。

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kimi008浄土真宗西本願寺、前々門主様 来寺

kimi009息子、大修(前住職) 住職継承式

昭和42年3月 大修が結婚し、2人の孫に恵まれ、昭和45年3月には、大淳も結婚、3人の孫が生まれる。
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和裁が好きで、嫁入りの着物を縫ってあげたり、あみものを文化祭に出品したり、習字やゲートボール、大正琴、飾り手まり作りなど、趣味も多岐にわたる。
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ご門徒さんからは、ねえさまと慕われていました。
晩年、相次いでひ孫にも恵まれ
息子2人、孫5人、ひ孫8人の家族に囲まれ、平成26年1月2日は、牧野家が全員集合して、お祖母ちゃんを囲み、少し早めの白寿のお祝いもしました。
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92歳の、平成20年6月17日 境内で転び、右大腿脊椎頚部骨折して岐北病院に2ヶ月ほど入院する。
帰宅してきたが、8月21日、庭先で再び転び、骨粗鬆症が原因で、今度は骨盤骨折し、車椅子生活となる。
大性寺の本堂から、庫裡まで、車椅子生活ができるように、バリアフリーにするが、家での生活は、一人になるときも多く、危険なので、平成20年10月23日から、グリーンポートへ入所する。
食べることが大好きで、特に、うなぎ、海老の寿司、海老フライ、みそカツ、煮込みうどん、お餅、お新香を好んで食べ、入所後も、みんなの誕生日や、大性寺の法要など、毎月のようにあるイベントの時は、家族で一緒に、マーサ21に出掛け、買い物や食事を楽しんだり、女4世代で、女子会といいながら食事に行ったり、家で、作ってもらう、味噌煮込みうどんを美味しいな~と食べる姿は、思い出すと、ほほえんでしまうほど、楽しい思い出です。
また、法要の時には、耳が遠いいと言いながらも、とても大きな声で、お勤めし、毎回、さすがだな~と、感心させられたものです。
今は、沢山の抱えきれないほどの思い出話を大悟さんに、報告していることでしょう。
合掌


2014-10-22 | Posted in 牧野きみ, お知らせ, 歴史1 Comment » 

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 70年ぶりのお葬式 | 2014.10.23 7:52

[…] お葬儀とお祖母ちゃんの歩みについては、大性寺ホームページに、掲載しました。 […]

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